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東京地方裁判所 平成11年(ワ)9177号 判決 2000年6月23日

原告

稲垣邦吉

右訴訟代理人弁護士

彦坂敏尚

被告

株式会社日本交通公社

右代表者代表取締役

舩山龍二

右訴訟代理人弁護士

三浦雅生

山本厚

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

原告が被告との間に雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告のした懲戒解雇の効力を争い、地位確認を求める事案である。

一  当事者間に争いのない事実等

1  被告は、旅行業等を主たる目的とする株式会社である。

2  原告は、昭和四八年四月に被告と期限の定めのない雇用契約を締結し、本社海外旅行部アメリカ課に配属されたあと、東京駅旅行センター、本社経理部、渋谷駅旅行センター、自由が丘支店、新宿支店等を経て、平成一〇年二月から渋谷支店海外旅行課長の職にあった(書証略)。

3  被告は、平成一一年三月一〇日付けの「辞令」(書証略)で、原告に対し、懲戒解雇の意思表示をした(以下「本件懲戒解雇」という)。

右「辞令」には、「社金を着服流用し、社損を招いたことは誠に不都合である。よって社員就業規則第一八二条一号(1)の規定により『懲戒解雇』とする」と記載されている。

4  被告の就業規則のうち、本件に関連する規定は次のとおりである(書証略)。

(解雇)

第二九条 社員が次の各号の一に該当する場合、解雇します。

一号 懲戒解雇のとき

二号 その他、社においてその必要があると認めたとき

(懲戒種別)

第一八一条 懲戒の種別は次のとおりとします。

懲戒解雇 退職金は支給しません。

人事カードには「懲戒解雇」と記入するが社内発表は、情状によっては、単に「社員を免ずる」とすることができます。

諭旨退職(以下内容等は省略)

停職

訓告

(適用基準)

第一八二条 懲戒事項と懲戒処分適用基準は、次のとおりとします。

一号 次の行為があった場合は懲戒解雇とします。

(1) 社金を窃取着服した場合

(以下省略)

二  主たる争点

本件懲戒解雇の効力

1  被告の主張

(一) 原告は、次のとおり、会計端末を不正に操作して架空の出金処理をし、現金をレジから抜き取り、これを着服した。

<1> 原告は、平成一一年一月二六日、戸田春美の旅行代金について、八七万〇八〇〇円を出金処理し、同額の現金を引き出して着服した。

<2> 原告は、平成一一年一月二七日、山賀勝の旅行代金について、一一万七二四〇円の入金処理と九一万七二四〇円の出金処理をし、差額の八〇万円の現金を引き出して着服した。

<3> 原告は、平成一一年一月八日、武田豊の旅行代金について九三八〇円の入金処理と四七万九三八〇円の出金処理をし、差額の四七万円の現金を着服した。

なお、原告は、右の着服行為を隠蔽するために、知人のクレジットカードや現金で会計上の入金処理をしているが、右<1>については、架空の値引伝票を作成する方法で会計上の辻褄合わせを行った。

(二) 原告の右(一)の各行為によって被告に生じた損害(合計二一四万八〇〇〇円)は、被告の利益率が売上の三〇〇分の一であることからみれば、到底看過できない金額であり、また、原告は、右(一)のような不正な会計処理を他の社員名義で行うなど極めて悪質であり、原告の右(一)の各行為は就業規則一八二条一号(1)の懲戒事由に該当し、かつ悪質であるから、本件懲戒解雇は有効である。

2  原告の主張

(一) 原告が、被告主張(一)<1>ないし<3>の各入出金処理及び<1>について値引伝票を作成した事実は認める。

(二) しかし、原告は、自己の利益を図るために右一連の行為を行ったものではなく、また、被告には実質的な損害も発生していない。

すなわち、被告の主張(一)の各行為は、顧客である東亜興行株式会社(以下「東亜興行」という)あるいはその代表者大谷晴通(以下「大谷」という)の旅行代金に関し、大谷が多忙であったり、旅行の出発日が差し迫っていたりして、旅行代金を出発前に入金するという被告の原則が遵守できなかった際、東亜興行あるいは大谷から旅行代金の入金があったようにするために行ったものであり、東亜興行あるいは大谷から入金があり次第、直ちにそれを一時借り受けとなっている顧客に入金していたのであり、被告に損害は発生しなかった。原告がこのようなことを行っていたのは、東亜興行あるいは大谷は、被告の大口顧客であり、従来から支払は確実に行われていたため、原告としては、被告と東亜興行あるいは大谷との取引関係を維持継続したいという考えからであった。

被告の主張(一)<1>のうちの値引き処理をした五万円については、窓口での顧客とのトラブルの結果、原告が、ホテルの予約取消料三万九三六二円、海外格安航空券の発券ミスによる再発券手数料一万五〇〇〇円の合計五万四二六二円を負担したが、これは本来被告において処理すべきものであるのに、原告が申し出たにもかかわらず、被告が損金処理を拒否したことがあったため、その埋め合わせとして行われたものである。また、原告は、後に右<1>にかかる五万円を返金している。

(三) また、被告は、原告が会計端末を操作する際に他の社員の名義を使用したとして、原告の行為が悪質であると主張する。しかし、原告は、原告の各行為を隠蔽する目的で他の社員の名義を使用したのではない。

すなわち、会計端末を操作するためには、社員各個人の外務員証カードの磁気部分をコンピューターのカードリーダーに通す必要があるが、業務多忙なこともあって、自分が操作するためにカードをカードリーダーに通したものの、会計端末使用後もカードをそのままにしてコンピューターを離れる社員がしばしばおり、その後に会計端末を使用する社員がその場においてある他の社員のカードを使用することは日常的に行われていることであって、原告も、通常行っているように、自分が会計端末を操作する際、そのままになっていたカードを使用したにすぎず、自己の行為を隠蔽する目的などなかったのである。

(四) これらによれば、被告の一連の行為は、就業規則一八二条一号(1)に規定する「窃取着服」には該当しない。仮に右に該当するとしても、原告が被告の主張(一)<1>ないし<3>の各行為に至った事情及び被告に損害は発生しなかったことからすれば、本件懲戒解雇は重きに失する。したがって、本件懲戒解雇は、懲戒権の濫用に当たり無効である。

第三当裁判所の判断

一  認定した事実(当事者間に争いのない事実を含む)

1(一)  原告は、平成一〇年二月から被告の渋谷支店の海外旅行課長の職にあり、その当時、次のような入出金処理を行っていた(証拠略)。

(1) 平成一一年二月一六日出発予定の戸田春美(以下「戸田」という)の旅行代金について、同年一月二〇日に戸田から旅行代金八七万〇八〇〇円を現金で受領し入金処理されたが(仕訳番号一〇〇〇四〇、書証略)、原告は同月二六日、被告の渋谷支店の社員である奥田祐子を操作者(コンピューター上の入出金処理者)と表示して右八七万〇八〇〇円を出金処理した(仕訳番号一〇〇二六六、書証略)。

原告は、同年二月六日、右八七万〇八〇〇円のうち、二〇万円については原告の知人である卜部明子名義のクレジット番号を使用してクレジット入金処理をし(仕訳番号一〇〇〇三八、書証略)、六二万〇八〇〇円については戸田名義で現金入金処理をし(仕訳番号一〇〇〇五二、書証略)、五万円については値引申請・承諾書(書証略)を作成して帳簿上架空の値引き処理をすることにより充当した(書証略)。なお、帳簿上架空に値引き処理された五万円については現実には値引きされておらず、原告が着服した。

(2) 平成一一年二月二二日出発予定の山賀勝(以下「山賀」という)旅行代金について、同年一月二七日山賀から旅行代金九一万七二四〇円を現金で受領し入金処理されたが(仕訳番号一〇〇〇四八、書証略)、同日原告は操作者を被告の渋谷支店の社員である伊藤佐知子と表示して山賀名義で現金一一万七二四〇円の入金処理をし(仕訳番号一〇〇二一四、書証略)、同日、操作者を被告の渋谷支店の従業員である長田匠史と表示して現金九一万七二四〇円の出金処理をした(仕訳番号一〇〇二一五、書証略)。

原告は、同年二月一六日に山賀名義で右入出金処理の差額八〇万円の現金入金処理をした(仕訳番号一〇〇三六〇、書証略)。

(3) 平成一一年二月一三日出発予定の武田豊(以下「武田」という)旅行代金について、平成一〇年一二月二一日に武田から旅行代金四七万九三八〇円を現金で受領し入金処理されたが、平成一一年一月八日、原告は操作者を被告の渋谷支店社員である長田匠史と表示して武田名義で現金九三八〇円の入金処理をし(仕訳番号一〇〇三二三、書証略)、同日、操作者を被告の渋谷支店社員である小林リエと表示して現金四七万九三八〇円の出金処理をした(仕訳番号一〇〇三二四、書証略)。

原告は、同年二月四日に右入出金処理の差額四七万円について原告の兄である稲垣良男名義のクレジット番号を使用してクレジット入金処理をした(仕訳番号一〇〇三〇三、書証略)。

(二)  被告の渋谷支店において、顧客から一度入金された旅行代金は、出発の直前に取り消されたり、顧客が旅行代金を過払いしていたといったような、特別な場合を除いては出金されるようなことはなく、原告の行った前記(一)(1)ないし(3)の入出金処理は極めて不自然なことであった(人証略)。

(三)  被告の渋谷支店においては、入出金処理はすべて入出金処理機械で行われているが、右入出金処理機械は、社員個人の外務員証カードの磁気部分を機械のカードリーダーに通し、コンピューターが操作者を認識することによって初めて入力が可能なシステムになっており、これを操作する際には社員各個人がその外務員証カードを使用して機械を入力可能状態にして入出金処理を行っている。このようにして行われる入出金処理の状況(操作者名、操作の日時、操作内容)は店頭業務操作記録(書証略)として残される。

ただ、被告の渋谷支店では、多忙なときや顧客を待たせることができないときなど、コンピューターの操作後、そのまま外務員証をコンピューターの端末近くに放置する社員がおり、その後の操作者が自分の外務員証カードではなく、放置された他の社員の外務員証カードを使用して操作することがあり、平成一〇年四月二〇日から二三日までに実施された内部監査で、「カードは、必ず本人のものを使用し取扱者が明確になるようにして下さい」との指摘を受けたことがある(書証略)。

(証拠略)

2(一)  原告の前記1(一)(1)ないし(3)の各行為が発覚した経緯は次のとおりである(人証略)。

平成一一年二月九日、被告の渋谷支店の社員である高藤圭子が同年二月二二日出発の山賀に対し帳簿上の旅行代金残金八三万〇〇四〇円の入金督促を行ったところ、山賀から同年一月二七日に現金で支払ったとの回答を受けたので、同日の店頭業務操作記録を出力して確認したところ、操作者伊藤佐知子の表示で預り金清算による不自然な現金出金処理が行われていることが判明した。そこで、右伊藤に事実の確認をしたが、伊藤は右出金処理はしていないと述べたこと、以前から清算不明な処理については原告がその後に処理していることが判明したため、同年二月一〇日から一五日にかけて出力可能な直近の店頭業務操作記録を出力して調査したところ、山賀以外の顧客についても不自然な入出金処理が発見された。

(二)  被告が、同月一六日、原告に事情聴取したところ、原告は、前記1(一)ないし(三)の入出金処理の事実を認め、同月一八日に前記1(一)の事実を認める自認書(人証略)を、同月二五日に入出金処理を原因とする不足金について弁済する旨の自認書(書証略)をそれぞれ作成し、同年三月九日、被告に対し、五万円を弁済した(書証略)。

ところで、原告は、被告の渋谷支店の野口支店長と中野業務課長から事情聴取を受けた際、前記(一)(1)ないし(3)の出金処理は、原告の担当顧客で年間一〇〇〇万円以上の取扱いのある東亜興行あるいは大谷の旅行代金に充てるために行ったとの弁明をした。そこで、被告が調査してみると、戸田の旅行代金八七万〇八〇〇円の出金処理が行われた翌日である平成一〇年一月二七日に大谷の同月一四日出発の旅行代金の一部八六万〇五二〇円が原告名義で入金処理されている(仕訳番号一〇〇二九一、書証略)事実が判明したが、その他の二件については、出金処理の行われた当日から三日後までをみても、東亜興行あるいは大谷の旅行代金として入金された形跡はなかった(書証略)。

(証拠略)

(三)  被告の社内規定によれば、顧客の旅行代金は出発前入金が原則であり、やむを得ない理由がある場合に限って、例外的に後払いを認めることもあるが、その場合は、あらかじめ被告内の承認を得て、後払い請求書に当該顧客の印鑑を押捺してもらうといった事故防止の手続を行わなければならず(証拠略)、原告も東亜興行の旅行代金に関しこのような方法(未収取引)を採ったこともあった(証拠略)。しかし、大谷から旅行の直前に申込みがあったり、大谷が多忙で旅行の出発前に旅行代金を入金してもらえず、また、未収取引の手続を採る余裕もないような場合、原告は、東亜興行あるいは大谷との取引を継続するために、その便宜を図る意味で、出発前入金の社内規定に反して、自らが立て替えて入金したり、他の顧客から入金された旅行代金を出金して流用するなどして、東亜興行あるいは大谷から出発前に入金があったように見せかけることを行ったことがあった(証拠略)。

二  本件懲戒解雇の効力

1  前記一1(一)(1)ないし(3)によれば、原告は、他の従業員の外務員証カードを使用して、顧客から入金された旅行代金を不正に出金していたのであるから、原告の右各行為が、懲戒事由について規定する被告の就業規則一八二条一号(1)の「社金の窃取着服」に該当することは明らかである。

この点について、原告は、出金した現金は東亜興行あるいは大谷の旅行代金に流用し、東亜興行あるいは大谷から旅行代金の入金があり次第返金しているから「窃取着服」ではないと主張する。

確かに架空の値引き処理を行った五万円を除けば、原告は、顧客の旅行出発前までにそれぞれ返金して清算処理を行っており(戸田の件は一二日後、山賀の件は二一日後、武田の件は二八日後)、その限りで被告に経済的な実損は生じていない(前記一1(一)(1)ないし(3))。

しかし、窃取着服行為は、原告が出金処理を行った時点で終了しているのであって、それ以後どのような処理が行われたかどうかを問題にするまでもなく、原告の出金処理は「窃取着服」に該当するというべきである。

2  もっとも、原告の行為が外形的に「窃取着服」に該当するとしても、そのことから直ちに本件懲戒解雇が有効とはいえないことは原告の主張のとおりである。すなわち、懲戒解雇は、当該従業員から生計を維持する道を奪うだけでなく、退職金も支給されないことが多く(被告の就業規則一八一条にも懲戒解雇の場合は退職金は支給されない旨規定されている(書証略))、事実上再就職に差し支える可能性もあるなど、当該従業員に対し重大な不利益を及ぼすものである。そのことからすると、その行為が外形的に懲戒解雇事由に該当するとしても、実質的にみて、右のような懲戒解雇に伴う不利益を甘受するのが当然であるとはいえないような場合は、当該懲戒解雇は重きに失し、懲戒権の濫用に当たり無効であると解するのが相当である。

3  そこで、右を踏まえて本件懲戒解雇について検討する。

(一) 被告の渋谷支店においては、その営業の性質上、常時多数の顧客から旅行代金が入金されるのであり、入出金関係を明確にして事故の発生を防止するとともに、顧客の被告に対する信用を維持するため、その管理は厳格に行われる必要があったことはいうまでもないのであって、このようなことからすれば、右のような原告の行為は、見過ごしにできないものであったというべきである。加えて、原告の不正な入出金処理による窃取着服行為は本件で判明しただけで三件に及び、その合計金額は二一四万〇八〇〇円に上っているだけでなく(前記一1(一)(1)ないし(3))、原告は、本件以前にも同様の処理を行ったことがあったこと(原告本人)、また、原告は、当時、被告の渋谷支店の海外旅行課長であり(争いのない事実)、指導的かつ責任ある管理職の立場にあり、むしろ部下に対しては、こうした不正な会計処理を戒めねばならない立場にあったことなどの事情に鑑みれば、原告の行った入出金処理は重大な不正行為であったというほかない。

(二) もっとも、原告がこのような入出金処理をした理由は、大口顧客である東亜興行あるいは大谷との取引を継続するために同人らの便宜を図ったということであり(前記一2(三))、原告にも汲むべき事情がなかったとはいえないが、戸田の件を除けば、不正に出金処理された金銭が東亜興行あるいは大谷の旅行代金に充当された形跡はなく(前記一2(二))、出金処理された現金全額が東亜興行あるいは大谷の旅行代金に充当されたかどうか疑わしい。仮に、原告の主張のとおりとしても、被告が、出発前入金を原則とし、例外的に後払いを認める場合も事故発生を防止するために未収取引の手続を規定していたにもかかわらず、原告はそれを回避する目的で不正な入出金処理を行っていたこと(前記一2(三))からすると、現に東亜興行あるいは大谷の旅行代金に未回収が発生しなかったとしても、原告の行為は被告に対し損害を与える危険のあるものであったというべきである。

また、戸田の件について、原告が架空の値引き処理をして五万円を着服した行為は、東亜興行あるいは大谷の旅行代金とは関係ないことが明らかである。

この点について、原告は、窓口で顧客とのトラブルがあった際、原告が負担したホテルの予約取消料三万九三六二円、海外格安航空券の発券ミスによる再発券手数料一万五〇〇〇円の埋め合わせであると主張し、原告は、その本人尋問においてこれに沿う供述をする。

しかし、このような場合、被告においては「販売補償費支出申請・報告書」(書証略)によって、被告に申請、報告して被告が負担することになっていること(人証略)、原告が予約取消料を負担したのは平成一〇年九月二九日のことで(書証略)、戸田の件からすると約四か月も前のことであること(前記一1(一)(1))からすると、原告本人の右供述部分は直ちに採用することはできないが、仮に原告の主張のとおりであるとしても、多数の顧客の旅行代金を厳格に管理しなければならない被告の営業の性質に照らせば、原告の行為が許されないものであることは明らかである。

(三) ところで、被告の経済的な実損害という観点からみれば、原告が不正に出金処理をした分は、値引き処理をした五万円を除けば、後に返金されており(前記一1(一)(1)ないし(3))、その点だけをみれば、被告に損害は生じていないといえなくもない。また、値引き処理をして原告が着服した五万円についても本件発覚後、原告は被告に対し弁済している(前記一2(二))。

しかし、既に述べたように、原告が不正に出金処理をした分が返金されたのは、戸田の件が一二日後、山賀の件が二一日後、武田の件が二八日後であり、武田の件に至っては約一か月近くにも及んでおり、この間、各顧客ごとにみれば、金銭が流出していたことは否定しようもなく、さらに被告はこの間事故発生の危険にさらされていたというべきである。

また、本件発覚の経緯は、既に旅行代金を入金していた山賀に対し、被告の渋谷支店の従業員が支払の督促をして、山賀から入金済みと回答されたためである(前記一2(一))ところ、このような事態が、被告の金銭管理の杜撰さを窺わせ、被告の信用を失墜させるものであることは容易に推認できるところであり、結果的に経済的な実損害がほとんどなかったからといって、原告の行為が被告に損害を与えなかったということはできない。

(四) さらに、原告は、本件の不正な入出金処理を行う際、他の社員の外務員証カードを使用していること(特に不正な出金処理に関してはすべて他の社員の外務員証カードが使用されている一方、入金処理については原告の氏名で行われているものもある)からして(前記一1(一)(1)ないし(3))、自己の行為の隠蔽を図ろうとしていたものと推認することができ、その態様も悪質であるといわなければならない。

この点について、原告は、その直前に入出金処理機械を使用した社員がそのままにしておいたカードをたまたま使用しただけであり、自己の行為を隠蔽する意図はなかったと主張し、原告は、その本人尋問においてこれに沿う供述をする。そして、確かに、被告の渋谷支店においては、使用したカードを入出金処理機械の近くに放置し、それを他の社員が使用する実態が皆無ではなかったことが窺える(前記一1(三))。

しかし、不正な出金処理に関してはすべて他の社員の外務員証カードが使用されている一方、入金処理や通常の処理については原告の氏名で行われていること(書証略)、不正な入出金処理を行った際に使用したカードの社員名と直前に入出金処理を行った社員名は必ずしも一致しないだけでなく、原告が続けて二回処理を行った場合に処理ごとに操作者の表示が異なっていたり、原告の不正な入出金処理の直前ないし直後の操作者が原告と表示されている場合があったりと極めて不自然である。

例えば、戸田の件で、原告は、操作者を「奥田祐子」と表示して出金処理をしているが(前記一1(一)(1))、直前の操作者は「高藤圭子」であるし(書証略)、原告の右出金処理の直後には、原告が自己名を表示して通常の入金処理をし(書証略)、また、値引き処理の際は操作者を「山崎有紀子」と表示しているが、その直前には、原告が自己名を表示して戸田の旅行代金を返金するための入金処理をしている(書証略、前記一1(一)(1))。また、山賀の件で、原告は、操作者を「伊藤佐知子」と表示して入金処理をした直後に操作者を「長田匠史」と表示して出金処理をし(書証略、前記一1(一)(2))、山賀の旅行代金を返金するための入金処理は「安達緑」を操作者と表示して行っているが、その直前には、原告が自己名を表示して大谷の旅行代金の入金処理を行っている(書証略)。さらに、武田の件で、原告は、操作者を「長田匠史」と表示して出金処理をした直後に「小林リエ」と表示して出金処理をし(前記一1(一)(3))、また、武田の旅行代金を返金するためのクレジット番号での入金処理の際、操作者を「衣鳩絵里子」と表示しているが、その直前には、原告が自己名を表示して通常の入金処理をしている(書証略)。

このような実態に照らすと、直前に使用した社員の外務員証カードを使用したにすぎないといえないことは明らかであり、原告は、敢えて、他の社員の外務員証カードを使用したり、操作ごとに使用する外務員証カードを替えたりして、不正な入出金処理の事実を隠蔽しようとしていたものと推認できるのであって、この点に関する原告本人の供述は採用できない。

(五) 右のとおり、原告の行為には、その理由に汲むべき事情もないではなく、また、被告には経済的な実損害はほとんど発生しなかったなどの面はある。しかし、原告の行為は、その回数、金額及び態様の悪質さ(社内規定違反を隠蔽する目的であったことや他の社員の外務員証カードを使用して行為を隠蔽しようとしたことなど)、原告が被告の渋谷支店の海外旅行課長という立場にあったこと、被告の信用失墜を招いたこと、原告が出金処理した旅行代金が返還されなければ、被告に多大な経済的損害を与えるだけでなく、さらなる信用失墜の危険もあったことなどからすれば、重大な不正行為というべきであり、外形的のみならず実質的にも被告の就業規則に規定する懲戒解雇事由に該当するものといわざるをえないから、本件懲戒解雇は、正当な理由に基づくものであり、他に懲戒権の濫用を認めるに足りる事情もないので有効であるというほかない。

三  以上の次第で、原告の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松井千鶴子)

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